午後3時のカトウ塾 加藤亮太

 

感想大好き塾長・カトウが、書物、美術、音楽、演劇、映画にまつわる感想を書きます。

どうぞご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈プロフィール〉

 加藤亮太 1984年東京都葛飾区生まれ。中学生のための学習塾「カトウ塾」塾長。

2007年 バンド「august」結成。2008年 映画製作「new clear august」「ガリバー」「自棄っ鉢にどでか頭をぶッつける」等。

初小説「ことぶきの日」(同人誌『新地下』創刊号)。日本映画学校入学。2011年 小説「催促の電話」「冷製玉手箱」。

某大手塾にて塾講師。2012年 小説「わが遁走」「ダイヤモンドダスト」。

塾設立を企図。2013年 小説「狂犬病予防接種」「表層」「観賞」。バンド「オガアガン」結成。2014年 小説「かかし」。

某メーカー勤務。2017年 小説「弟の車」。2018年 小説「オメデトウ」。

2019年 独立、開業。

(※ すべての映画・小説は新人賞を落選し、すべてのバンドは解散した。)

 

 カトウ塾は、公立中学生のためのシンプル学習塾です。

 都立高校受験対策に特化し、成績アップ・志望校のランクアップを目指します。

 葛飾区東水元にて夫婦で運営しております。

 

カトウ塾 https://www.katojuku.com

 

 

19時間目 「姫鏡台」上林暁 午後3時のカトウ塾 加藤亮太

 塾を閉め、自宅アパートに帰宅するのは、11時頃。

 こんな時間では、3歳息子は寝ている。0歳娘も寝ているだろう。

 だから、音を立てないよう、扉を開け、そうっと闖入する。

 

 

 イヤホンで音楽を聴きながら歩いて来ることが多い。たとえば、ドアーズ。

 いや、ドアーズほど他の音楽と混ざらない音楽はないのではないでしょうか。

 

 

 シャッフルして、ランダム選曲で聴いていることが、まま、ある。

 最前まで、まあロックやテクノなんかを聴いて、没入感とドライブ感とで恍惚となっていたりしたところ、ふいに、「ライトマイファイア」、なんて、かかったりする。興醒めである。「邪魔をしないで」と、飛ばしてしまうことが、よくある。

 かたや、ランダム選曲なんていう軽率な聴き方はやめて、アルバムの始めから聴いてみると、「もう死ぬまでドアーズ以外の音楽を聴く必要はない」とまで思わせてくれる。

 他を排するほどに激しい個性。それがドアーズ。

 

 そんな激渋のドアーズで、幸運にも手に入れた高揚感たるや、それは、稀有な黄金だ。

 

 

 ところで、玄関で我が鼻先に突きつけられるのは、そんな音楽の高揚感を吹き飛ばす、情け容赦ない、現実味である。

 

 そうだった。そのことを忘れて、帰路のつかの間、うっとりしていた。音楽の魔力にうかされていた。恍惚の余韻などたちまちかき消されてしまうというのに。

 

 どうにかこうにか、死線ぎりぎりの賃料払って得ているんだ、ここぞ暮らしの関門。玄関は、現実味第一関門。略して、現関なんだ。うまいこと言った。却下。伝わりづらいから、やっぱり、玄関。開け放たれたのは、玄関のドアーであってドアーズではなかった。

 家庭という血縁共同生活体の、逃れようもない現実味が、ついうっかりうっとりうかれた男に、お構いなしに、襲い来る。

 よく遊んだらしい、息子の蒸れた靴のにおい。娘のオムツ近辺のにおい。われわれ大人たちの汗や体臭。それらを洗い流そうとした、石鹸、シャンプー、洗剤、入浴剤のにおいも混在。また、これは、キッチンか、冷蔵庫か、あるいはゴミ箱からか、ぷうんと漂うのは、大根の青臭、魚の生臭。

 じつに現実味溢れる雑多なにおいが、うっかりうっとりうかれた私を、たちまち引き戻す。一職業人、あるいは、一芸術家気取りだったかもしれない私を、一家庭人に、引き戻す。一世帯の一主に、引き戻す。

 耳に詰めたイヤホンは、ただの耳栓と堕した。音楽などは、泣く子も黙る現実味を前に、ただただ無力。

 

 最近、騒音問題でピリついた隣人との関係鎮静化を図るべく(なんて現実味のある理由なんだ……)、テレビの位置を茶の間から、奥の居間の壁際へ移転、さらにテーブルやちゃぶ台もいっしょに移転した、ということもあり、本来の茶の間には、荷物が少ない。

 誰もいないかしら、とおぼろに思いつつ、つつつとニセ茶の間を抜け、居間に入っていくと、果たしてそこには寝ているはずの妻が座っていた。ぎょ。

「おかえり」

「た、だいま」

 

 以上、ここまでが私の帰宅ルーティンである。

 思いがけず妻がいて、びっくりする、までも含めて、習慣づけられたものである。動画で公開してもいい。

 

 妻が座っている腕には、最近は、半分の確率で娘がいる。まだ未熟だから、10時頃、一旦起きてしまうのである。

 娘は、私をみとめると、深夜のハイテンションで「アンティグア、バーブーダ」などと私にはわからない言葉を喚いてくる。ここで完膚なきまでに、現実味は深まる、というわけ。

 引き戻される、という胸倉掴むような大仰な動きせずとも、私がとりつかれていた非現実的浮遊感は、脱ぎ捨てた上着とともに、ハンガーに引っかけられ、吊り下げられて、一旦、仕留められてあるのだから、こうとなっては、私は、完全にこの家の父親。ちーん。出来上がり。

 飯をむさぼりながら、妻とはその日あった出来事を報告し合い、風呂入って、出て、水飲んで、軟膏塗って、寝る。

 

 ・・・

 

 しかし、時にはこのルーティンが崩れることも、ある。

 

 仕事が終わるのが普段より遅くなると、

「遅くなる。もう完全に寝てしまってけっこう。けっこう毛だらけ猫灰だらけお尻の周りは糞だらけ。」

 などと妻にラインで連絡して、11時半などに帰着する。

 案の定、現実味第一関門を通って後、居間に妻の姿はない。

 イヤホンで狂気じみたジムモリスンが淡々と「カモンベイビー」と連呼し続けるのを聴くともなしに流しっぱなし、耳から引き抜くタイミングを失ったまま、上着をかけて、手洗って、冷蔵庫から夕食を出してレン・チンして、椅子に腰かける。

 テレビをつけたから、ようやくと気付いてイヤホン抜いたにしても、私は音楽の余韻をひきずったまま、中途半端な浮遊感のなか。

 食事を済ませ、テレビの前で、ドカ食いした後の満腹感が落ち着くのを、ぼうっと待つ。

 時折、ちらりと、寝室を見やるが、妻が起きてくる気配はない。今日も話すネタがあったような、なかったような。

 

 ま、やはり、完全に寝たらしい。

 

 ・・・

 

 風呂から上がる。

 妻と話したいことがあった気がするし、聞きたいこともあった気がする。

 だからこそ明日話すためにも、さっさと寝るか、となればいい……。

 とは、ならない。

 

 ここで、魔が差す。

 ついつい、スマホ、に手が伸びる。

 

 ついつい、お気に入りのユーチューブチャンネルの更新をチェックしてしまう。

 よし、ほんの一個だけ。

 あ、この人も更新してた。

 あの、じゃあ、ほんとに、あと1個だけですからね。

 おやおや、右のバーのところにおすすめの動画が出てくるのだが、意義深そうなのだが、これ次に見てもいいですか。

 いや、駄目です。こら、駄目だって言うのに。

 え、すみません、なんかもう再生してます。指を置いただけで勝手に動くんですけど。

 

 ・・・

 

 もう止まらない。ドライブ感が駆った。

 自分でもわかっている。わかっちゃいるけど、やめられない。

 

 これまで吾輩は、若干のユーチューバー、ユーチューブチャンネルに耽溺してきた。

 

 たとえば、懐かしい「マネーの虎」の、ユーチューブ版があった。あれには、耽り過ぎて、まったく自制効かず、深夜0時頃見始めて、外で小鳥の声がするのでふと時計に目をやると5時、という凶暴なまでの中毒性におかされたものだった。

 怖くなってチャンネル解除して、関連動画で出てきたら、「興味がない」というボタンを押して、出るな好きだ出るな好きだ……と、意識的に追いやる日々である。

 

 この耽りっぷり、たいして目新しいことはないのでしょう。私は、世間一般よりかは、後追いでようやく耽るに至った、という感じがあります。

 ご覧の方からしたら「嬉しそうに騒いじゃって」とひんしゅくを買うことでしょう。

 

 が、今日は嬉しそうに騒ぎたいので、吾輩は、あえて遍歴を述べてみる。

 

 じつはけっこう前から細々と観ていたのは、デイリーポータルZの「プープーテレビ」。もとはと言えば、水元公園に珍獣が出る、というブログになんとなく辿り着いてから知り得たのだったが、デイリーポータルZとは、一体誰なのか、正体謎のまま、ヨーロッパ企画の「暗い旅」や、たまに更新される「森日記」をたのしみに観る日々が続いた。

 そして、併せてチェックしていたのは、「JUST FOR LAUGHS GAGS」。飛行機内でも流れている、カナダのドッキリ番組である。子供が仕掛け人のモノ、とくに、小便引っかけるやつが一番のお気に入り。

 しかしこれらはデータ量無制限のインターネットサービスが普及する前の話。チャンネルは、今尚放送は続いているが、これらをコツコツと観ていた私にとっては、ミュージシャンのPVやライブ映像を見て「わあ凄い。こんなのが載ってるの」と喜んでいた頃、に当たる。

 パケット通信の料金を気にして、発作的に生きてきた私であっても、なんとか抑えられていたし、たぶん、ユーチューブ側、ユーチューバー側だって、こちらへそこまで激しく訴求していこなかった気もする。(ユーチューブはどことなくおしゃれで、どちらかというと、マニアックなニコニコ動画の方が活況だった、気がする)

 太田上田や、石橋貴ちゃんねるず、神田伯山などといった、テレビの芸能人、あるいはテレビ局発信のものから、私の度の外れた耽溺は始まった。データ量実質無制限のWi-Fi接続という、途方もないほどの便利さが、耽溺の度をさらに加速させた。

 私のユーチューブ流行は、テレビ芸能関係に、とどまらなかった。

 日本の音楽家の動画に、初見の外国人が反応する様を撮った動画をしらみつぶしに観ていたら、パトリック・モーディという、オランダのミュージシャンによる愛と平和と積極性に満ち溢れた邦楽リアクションチャンネルに耽り、みのミュージックの音楽談義に耽り、「もしも科学」のバイエンスに耽り、服部文祥のサバイバル動画にも耽り、へライザーの芸能ゴシップネタに耽り、岡田斗司夫に耽り、ひろゆきに耽り。また芸能界。ナイツ塙、寺門ジモン、スピードワゴン小沢、永野。……とりわけ、絶好調なのは、テレ東大学。その中でも、ひろゆきと成田悠輔とパンダのトリオの妙は、筆舌に尽くしがたい。で、成田教授があちこちの動画にゲスト出演しているのも、見つくそう、とは思わないのに、指が勝手に動いてしまう、瀕死の溺れ具合。

 

 そして最近、恐ろしいなあ、と思うのは、あの、ショート、とかいう、とても短い動画コーナー。あれは、やばい。

 

 トップ画面に突如として現れたあのショート動画コーナーは、一度動かしてしまったら最後、ずーっと観てしまう。

 特段興味があるわけではないのに、犬が猫をぺろぺろする動画や、成金によるビジネスマナーの指導動画や、弁護士による法律の解説動画や、英語の発音の解説動画や、高級車に乗っている人の職業を尋ねる動画や、ボトルを2バウンドさせてゴミ箱に入れる動画や、ひろゆきの切り抜き動画や、電車の中で発狂する人の動画や、……

 と、延々、無限に続く。ぺっ、ぺっ、と次に飛ばすこともできるが、次に飛ばしている時点で、もう自動的に次を求めているのだから、際限がない。はしたないことである。

 

 帰宅後のルーティン、妻との会話ができなかった。ほんのささいな瑕疵のせいで、それが取っ掛かりとなり、寝る間も惜しんで、耽ってしまう。

 情報は、アイフォンの画面から、耳目を通って脳髄に至る。天敵から逃れるいわしの大群が一斉に突入するかの如く、轟々と音を立てて、無秩序なほどに膨大な数量の情報を、受け容れ続けて、止まない。

 途中、トイレに立って、鏡で顔を見ると、ビー玉のように腫れあがった目玉2つ。文字通りの血まなこは、血管が浮き出て、充血して、欲しがり、足りるを知らない、沼に溺れた鬼がこちらを見ていた。

 

 

 ルーティンどおりの妻との会話は、せいぜい30分に過ぎない。娘の状態によっては、即、寝室へ行かねばならず、たった10分で強制終了することさえある。

 しかし、それさえ踏まえることができれば、これほどのユーチューブ視聴に没入する例は、ほぼ無い。

 たった、それっぽっちのこと。

 たったそれっぽっちでも逃すと、もりもりと血道を上げ、現実味を忘れ、歯止めが効かない、情報欲求。これが、私の、21世紀型情欲。

 

 裏を返せば、ユーチューブなどの動画で得られる情報なんて、直接会話で得る情報量には、到底及ばない、と言えようか。

 

 命からがら耽溺の沼地から逃れ来て、ここで透かし見る本質は、対面の対人コミュニケーションで得る、情報量の多さ、速さ、か。

 ときには吐き気を催しかねないほどの臭みや、ほんの些細な仕草が端を発し、仲たがいや衝突に発展するかもしれない対面の会話、といった、そうした不衛生で面倒な、ごちゃごちゃした現実味の中でこそ、私は眠れる。そして、快活に目覚めることができる。

 

 

 ユーチューブの反対側に、読書というもの、あり。

 

 さらに、私小説作家、上林暁の「姫鏡台」がある。

 あらすじ……妹を題材にした、締め切り間際の原稿を、当の本人=妹に見られてしまい、「発表するのは止してほしい」となじられる。迫る締め切りと経済的困窮に、狼狽えた小説家と担当編集者とが、どうにかこうにか、妹を説得、承諾を得る。そんな妹に、感謝の意を表し、姫鏡台を買ってやる、というのがあらすじ。

 

 これは、ユーチューブの真逆である。対局である。

 

 情報の入り方、という理屈っぽい意味でも対局。「能動的」に「受動する」行為は、読書をおいて、ない。ないのだ! ……とかを、たまに、四角い頭、思う。

 

 それはそうだろうけど、そうではなく、上林暁のことに限りたい。

 上林暁の小説には、ほかに「白い屋形船」という作品がある。まさしく、この作品には、恍惚感・非現実的浮遊感。あまりの浮遊で、どこを読んでいるのか分からず気絶しそうになる、といった存在自体が幽霊みたいな小説だ。

 

 が、「白い屋形船」の幽霊や、ユーチューブや音楽の高揚と、まったく別のところには、「姫鏡台」がある。同じ小説家の、私はこっちを推したい。

 

 庶民的日常の中に、ふと現れる非日常。

 切実な、瀬戸際のヒリヒリしたところで、かといって、危機的状況を、その事件性を強調するでもなく、猥雑さを強調するでもなく、感情のもつれ、せめぎ合いをスリリングに強調するでもなく、そのとき人はどう思うか、どう行動するのかが、ひた、ひた、と書かれてある。浮遊感、ドライブ感など皆無。

 

 それは、私にとっては、まるで妻との会話のように、質素な、しかし、永遠に続くことを望みたくなるような、現実味である。

 

18時間目 「プールサイド小景」庄野潤三 午後3時のカトウ塾 加藤亮太

 原因、あるいは、理由。そして、結果、という言葉がある。

 結果となる事象の前に、原因となる事象があり、それらが密接に関係すると、因果関係という。原因があるから、然るべき結果がある……

 逆にすると、どんな結果にも、背後には原因がある、……そういうこと?

 

 ややこしい。もう流そう。考えるのは、止す。

 

 ところで、箸の持ち方が変な大人がいる。

 小学生時分の私は、見てしまった。テレビでは芸能人の結婚式の生放送をやっていて、会食する場面があった。そこでの桑野信義氏、通称、桑マンの、あれには驚いた。見てはいけないものを見た。それほどの衝撃を覚えたものだった。いい歳こいた大人が、あんなのでは、どうだろうか。子供の頃、直さなかったのだろう。ならば、仕方ないのかもしれないが。

 

 そして、私です。

 私は、物をこぼさないことで有名だ。もしご存じなかったのなら、これを機に覚えてくだされば、よい。

 しかし私は、こうした助言も、よくされる。

「今にもこぼしそうなその皿の置き方は、如何なものか」と。

 例えば、テーブルの縁ぎりぎりにスープ皿を置いたり、コーヒーカップをソーサーに30度傾斜をつけて置いたりする。

 もちろん、わざとやっているのではなく、無意識のうちにそうする。子供の頃からそう。そりゃあ、こういう変な技、というのは、大人になってから好んでやり始めることではない。そして悪いことに、私と来たら、こぼさないのだ。一向に失敗体験には及ばない。だから、反省しようがない。だから、直そうともしない。縁に置いたことを激しく難詰される、という経験もないので、恐怖による矯正もない。そのまま、このように、いい大人になってしまった。

 どうやら私のその仕草は、桑マン同様、傍から見て、心地よいものではないらしい。

 

 いい歳こいた大人が行う、酷い行為は、他にもいろいろある。ここに記したくないほどむごいことは、世には日常的に起きている。心地の悪いものである。

 陰惨な事件。冷血な事件。凶悪な事件。

 

 なんでそんなことをしたのか?

 

 そんな問いを抱えて、報道に触れる。

記事では、事件に至った経緯、当事者の、ひととなり、などが報じられる。

が、到底合点のいくような答えを得られたことはない。情報量が不足している可能性はあるが、きっと、ありったけの情報を得たとしても、事件を納得するには至り得ない、そんな気がする。

 とにかく、決定的な原因・理由にたどり着かないまま、私たちは、次のニュースを聞いていく。それぞれの事件には、どれにも解析され暴き出された原因があったとしても、それをいくら並べたところで、納得の不可能性が、私たちの理解の侵入を拒む。拒まれ続けて、大丈夫でいる。

 

 今朝、凶行があった。おそろしいことだ。

「どうせ不幸だったんだろう」

 犯人は、こんな生い立ちだった。

「やっぱりな。そうだと思った。やりがちだな。まあいいよ。はい、次」

 次のニュースです。動物園のパンダが……

 

……

 

 私は、どぎつい事件の続発には、馴れ、事件原因の納得不可能性には、倦み、このような具合で、片付けて過ごしている。

 

 ややこしい。もう流そう。考えるのは、止す。

 

……

 

「プールサイド小景」。

 物語の設定として、まず、とある事件がある。「事件」といっても、殺人や虐待のような、娯楽作品にありがちな強烈な設定はない。カラフルな激情もない。

 会社の金を横領した夫の失職、である。ふわっとした、しかし穏やかではない話だ。

 育ち盛りの男2子を抱えた家庭は、もはや、崩壊秒読みの段階にある。

 夫は40歳、再就職先を探して社会的に復帰するのはかなりの難事と思われる。(昭和29年発表の作品)

 そんな崩れのさなか、理性的で、しかもおしゃれな妻は、夫が手を染めた犯行を探る。この妻が、おしゃれなのが本当に重要だ。もし映像化の話があって、私が監督をやっていいのなら、妻は、西田尚美か坂井真紀がいいと思います。菅野美穂もいいと思う。そういった、小洒落ていて、信用に足る、といった印象の女性。堕落の似合わない、感情のよく抑制され、凛とした好人物。

 それが、妻。

 その妻が、家事の合間を使って、「なぜ?」を掴もうとする。善良だったはずの夫は、一体どうして間違いを犯したのか。合点のいく理由を得て、納得しようと、探索する。

 好人物の妻の目は、信頼感の高いものだ。難詰することはしない。日向ぼっこのベンチで、夫が気楽に話されるような配慮をして、優しい尋問は始まる。読者の私は、その信頼に足る目を借りて、一緒に探索していくこととなる。

 そして、導き出された原因とは……?

 ぜひともそこは読んでいただきたいが、それを受け、妻はこう感懐する。

 

「いったい自分たち夫婦は、十五年も一緒の家に暮らしていて、その間に何を話し合っていたのだろうか?」

 

 この問いは、逆説的に「話し合うべきことを全く話し合ってこなかった」と言っているようだが、ではさて、夫婦は、何を話すべきなのか。本当に話し合わなければならないこととは、何なのか。私たちはいつも何を話しているのか。

 

 ややこしい。もう流そう。考えるのは、止す。

 

 夫婦であり、父であり、塾経営者であり、などといった肩書を増やしている陰で、この呟きを繰り返してきてしまったのではないか。残酷なニュースを読み散らかすように、夫婦の会話も、孤独なもの思いも、それらはかけがえのなく、生きるためには必要なのに。情報の洪水という名の自殺的な思考停止に、自ら吞まれに行ってしまっているのではないか。

 

「プールサイド小景」に戻る。

 物語はこれでは終わらない。

 最後に、夫は、とある仕草をする。

 一見、大したことではない。それはまるで、灰色の日常をささやかに彩る、得がたい小景のようでもあり、理想的な境地のようでもある。同時に、世にも奇妙なものを見せているような、不気味さも漂っている。

 

 結果の背後には、原因・理由がびっしり詰まっている?

 とある行為の原因を探れば、あれも、これもと、無数に思い当たる。

 まるで磁石に集まる砂鉄のように、原因たちは集まって来る。しかし、そのどれもが、砂鉄のように、手の指の隙間から流れ落ちていって、手ごたえがない。

 

 そもそも、原因や理由、これらの言葉は、人の行為を説明するために、適切なのだろうか。

 なんで? どうしてそうなった? この思考は、後ろ向きのベクトルに終始する。

 幼稚園の頃からだ。

「なんで噛みついたりしたの」「だって、おもちゃ欲しかったから」「それなら、そう言えばいいでしょう」「うん。でも、言っても聞かなかったから」

……これはただの思考訓練だ。社会性を持つため、つまり、共同社会の一員として無難に生きていくための、教育、訓練に過ぎない。「理由」や「原因」という教育的な言葉をもって、人間を説明しきる、そんなわけがない。

 結果に向かう、前向きのベクトルのためには、では、何という言葉が正しいのだろうか。

「やっぱり『原因、理由』でいいんじゃないの」とも思う。

 だが、「原因は」「理由は」と言葉に出した時点で、もう思考のベクトルは後ろ向きに固定化している。

 いわれ。根拠。仔細。経緯。顛末。沿革。事情。……似たり寄ったりの言葉を、並べてみても、どれもちがう。ぜんぶ背後ばかりを探索する態度が含まれているように読める。

 

「なんでそんな持ち方をするの」と「原因・理由」を問うて、桑マンから回答を得ても、私たちの的を射る答えは得られまい。

 

 

 ぜひ、過去からの前向きのベクトルを。

 

「何が彼をそうさせるのか」

 

 この方向で見ていくしか、腑に落ちないはずだ。

 やはり、これは物語にしかできない思考方法らしい。私が探していた前向きの言葉、それは「物語」でしょうか。

 

「プールサイド小景」という、物語。この物語は、途方もないくらいに悲しい。私は、ふと、悲しむために生まれたと、思う。そして、この作品に出会って、その感を強くした。悲しみにまみれたベクトルは、あらゆる流れに逆らって、前を向く。

 

17時間目 人為の塔「五重塔」幸田露伴 午後3時のカトウ塾 加藤亮太

 今まで体験したすべての幸福感を凌駕するほどの幸せを得られる瞬間など、この先、得ることは無い、と気づいた。よくよく考えてみたが、無い。期待は止すべきだ。

 

 あ、私は老いてきた。ろれつが回らない。車の運転が危なかしい。頭が動かない。塾の授業はできても、家のスプーンがさて、どこにしまってあったか……。何度聞いても、忘れる。忘れが、止まらない。何も覚えられない。「これ、例の奴だね」と笑いかけてくる妻に、悪い。「え、どの例……」

 

 コーヒーを飲む。

 午前の日課として久しい。豆を購入して、家で淹れている。ちょっと待った。なんだこの漢字は。淹れる、入れる、どう違うのか。

 ま、いい。

 とにかく、家で、コーヒーをいれて、飲む。豆も、道具も、揃えてある。はじめ、妻が凝り出して、それが私にも伝染した。

 

 抜けたように晴れた冬の午前。

 テレビの騒音を消し、南向きのカウンターキッチンで、やかんに火をかけ、ガリガリと豆を挽き始める。ミルを用いて、豆を粉砕する。一度でも体験した方にはお分かりいただけるか、この粉砕、一見地味だが、いや、なかなかの仕事である。

 なかなか、たるゆえん。左手でミルの本体を引っ掴みながら、右手でハンドルをも引っ掴んで、回していくうちに、左手の本体を中心と考えて回すべきか、はたまた右手のハンドルを中心と見なすべきか、わからなくなる気がしたら最後、力の入れ方がほんとうにわからなくなり、左?右?その狭間を往来しながら巻き巻きすることとなる。このゲシュタルト崩壊めいた葛藤のせいで、私がついつい睨むため、みぞおち辺りで持っていたミルが、目の位置にまでせり上がってきてしまう。すると今度は、こんなことでいちいち葛藤なんかする自分が嫌だ、という思考が浮かぶ。マジカルバナナ。バナナといったら、自己嫌悪。自己嫌悪といったら、現実逃避。現実逃避といったら、忘我。忘我といったら、無我の境地。

 無我の境地! ……と、私は、半ばはむきになって、半ばはその境地を目指し、ゆえに、決して休むことなく、ガリガリ、やる。のだが、ハンドルがやけに重いときがあったりして、粉砕の終わりがぜんぜん見えず、もしかして腕の筋肉が皮膚を突き破って出てくるんじゃないの、という子供じみた思いつきが、あり得なくもない想定のように思えてくる。怖いなあ。嫌だなあ。

 無我の境地といったら、……ごく平凡な生活にこそ。

 怯えてばかりではいられないので、私は、居間の机を見て、気をそらすことにする。朝食後、硬く絞った布巾でもって清浄し、消毒液まで噴射して、いま、世界一清潔な机。そんな机上には、茶色い光のデスクライトが、設置済みのカップ、そして、朝刊を照らす。さらに視点を窓外へと転じると、干し終えたばかりの洗濯物が見える。洗濯物が、幾分弱まってきたものの、この季節とはいえまだ火炎を思わせる力を残した陽光を受け、ピンと張っている。この仕事が終わったら、指で乾き具合を確かめてみることとしよう。

 

 私は、私が配置したすべてが、私を待ち受けていることを、知る。

 コーヒー豆はお湯がぶっかけられるのを待ち、カップは注がれるのを待ち、椅子は座られるのを待ち、新聞は読まれるのを待ち、スピーカーは電源入れられるのを待ち、空気は加湿されるのを待ち、机は汚されるのを待つ。

 

 うれしいじゃあねえか。

 

 私が動くことで、次から次へと仕掛けは作動し、ストン、ストン、と狙い通りに球が入っていく。人為が、完成していく。

 

 幸田露伴が著した、「五重塔」。人為の極致。至高の作りごと。

  老いた老いた、と抜かしてヒヨっている脳髄には、虚構の鉄槌を喰らわす必要がある。「五重塔」を読もう。カフェイン摂取のごとく、覚醒させるのだ。カビくさい幸福感など、たのしく粉砕していこう。

 

 

 

16時間目 無限誕生「貝に続く場所にて」石沢麻依 午後3時のカトウ塾 加藤亮太

子供が寝ている隙を狙って、妻と映画を観た。

「これは傑作だ」と、ふたりして涙ぐんで、

立ち上がって、トイレへ行ったり、コーヒーをいれたり。

それぞれ思い思いの形で、余韻に浸ったりして。

そうして、再集合したりして。

しみじみとした風情で、感想などをすり合わせる。

 

……果たして、これがどうもすり合わない。妻の話でようやく事の真相を知る。

つまり、私がまったく間違って観ていたらしい、ということが、あったりする。

作中何が起きたのか理解しないまま、観終えてしまった。

しかもまたおそるべきことには、私は、いたく感動しているのだ。

 

たとえば、現在と過去とを頻繁に往来する設定として描かれていたところ、

私はずっと、現在ばっかりを観ているつもりでいた。

たしかに実際、チンプンカンプンだった。だのに、「こ、こりは、けっさくだべえ」と抜かし、

しかも、心底感動して涙を流し、清々しそうにしている。

 

妻には、「まったく、世話がないね」とあきれられる。

私は感動したあとだから、心がきらきらしているので、終わり良ければすべて良し、

などと言って、屁をこいて、救われている。

 

 

観ている最中、私はどう感じていたのか。天然ちゃんの脳内。

興奮が渦巻き、天国への螺旋階段を勝手に駆け上がってしまっていた。

「なんだかよくわからないけど、スゲー!」といった感想しか出ないような、

 馬鹿になり、虜となり、舞い上がっていた。

 

そんな我が家にも、つい先日、2人目の子供が産まれました。

どんな話の流れじゃい。

赤ん坊を見ていて、飽きることがない。

ぐにゃぐにゃと顔を歪ませたり、腕を伸ばしたり曲げたり、変化に富む。

刻一刻と、細胞分裂とその成長が凄まじいスピードで発揮される様を、私は見ているのだろうか。

 

赤ん坊は、モノではない。ヒトだ。当たり前だ。

モノかどうか、という定義は、有限か無限か、ということかしら。

この定義づけは今、考えた。

いや、人間に無限など、あり得ない。命あるものは、必ず死ぬ。

だが、生まれたばかりの我が子を目の前に、そんなことを意識する親はいるだろうか。

 

出生届を出しに行き、役所の人から、保険証を受け取るときのこと。

「裏面にはですね……えーと……」

その男の人は、口ごもった。

彼の後ろの人たちも、にわかに腰を浮かし、こちらを注視する気配がした。

そういえば、保険証の裏面には臓器提供の意志表示ができる欄があった。

「お生まれになったばかりで、こんな話もおかしいのですが、まあ、念のためです。

 意思表示をすることができますよ、というものでして」

「あ、まあ、はい」

私は少しムッとして聞いていたかもしれない。

だとしたら、申し訳ない。気苦労の多い仕事であろう。

しかし、改めて、「わが子」というのは、親からしたら、無限だからな、と思う。

モノではない。

だからか、「傑作だ!」と思うのとは違う。

感動はした。たしかに、赤ん坊が産まれたとき、感動した。

それは、妻の頑張りに、そして、赤ん坊の頑張りに感動したのだ。

無限の可能性を秘める生命。

生命を前に、私は「感動した!傑作だ!」と言うほど、客観視できない。

なぜなら、私も生命の側にいる。私もまた、生命に(が?で?)動いている。

生命ってすごいなーと、無理やり思おうと思えば、「たしかに神秘だよね」と思うこともできるが、

思わないのに、生命やれている。生命やってる? やってるやってるー。

 

 芥川賞作品「貝に続く場所にて」を読んだ。

「なんだかわからないけど、スゲー!」という、相変わらず馬鹿みたいな、私の読後感であった。

 ネタバレというほどのものではないだろう、

 あらすじを言ってしまうと、2011311日の津波に流され死者となったはずの人物が、主人公を訪問する。

しかも、その場所はドイツのゲッティンゲン。

しかも、主人公とその人物の関係性は、あまり深い、というほどでもない。

しかも、主人公は、震災当時、宮城で大地震の被害に遭ったのだが、

死者のように、津波の被害を受けたわけでもない。

しかも、描写する際、辞書に載っている言葉を再構築したような言い回しで表されるから、

主人公が宇宙人のようにも見える。

よって、この物語には、一見、必然性がない。

なのに、そこに必然性を見出したくて、探して読もうとするのが、私だ。

それは読者の宿命だ。暗中で腕を動かし何かつかもうとする動きだ。

物語性を自ら否定する作品群を前に、何度も何度も繰り返してきた、もはや陳腐となった、あの動きさ。

その動きは、あの時をどういう形であれ経験して、死なず、今生きている関係者全員、

つまり、だいたいの日本人全員に言える一面で、主人公はその象徴なのかもしれない。

いや、読者となっている私こそが象徴化されているのかもしれない。

あの震災から今につながる、何らかの思いの跡みたいなものをなぞろうとしているのかもしれない。

 

 この作品は、まるで無限であろうとしている。チャンチャン♪ という幕引きがない。

作中、「2001年宇宙の旅」を勝手に連想したものだが、キューブリック作品特有の、

あの残酷なまでの、チャンチャン♪と切り捨てられちゃう、

あの素晴らしいエンドロールに類するものは、ない。

ゆえに、有限好きの私の口からは「傑作だ!」とは、言いがたい。

が、そんな私の好みというちっぽけなくくりなんかどうでもいい、

破壊し、無限のスケールで広がっていくのだろう。

 

無限の、わが子とともに。

15時間目 天気予報アプリ 「こおろぎ」尾崎一雄 午後3時のカトウ塾 加藤亮太

悪い予感が的中する、という言いまわしをするが、

悪い予感にとらわれている間は、

「私は憂鬱で不幸」という時だったかもしれない。が、

その予感が的中した瞬間、ある種の興奮を覚えたかもしれない。

その興奮は、私に幸福をも、もたらしたかもしれない。

 

 私はまだ祖父の死から逃れられていない。

それどころか、日に日に、祖父の死の色は濃くなるばかりである。

ポタミアポタミアしている。(メソメソの誤り)

 

 

 これは極めて平凡なことかもしれないので、私は極めてつまらない話をしているようだが……

 

 祖父の死、その3年ほど前から、私は「そろそろだろう」と思っていた。

身内の死に不馴れなくせに、私は祖父の死を予感した気になり、会うたび毎に、

「思ったより、その時は早くおとずれそうだ」だとか、

「今日の元気な様子では、まだ大丈夫だな」だとか、そんなことをやっていた。

いよいよ悪趣味だが、如何せん、それが私の日常的な思考なのだ。

その思考は、私の持っている予感を、現実とすり合わせし、修正する作業だった。

私のその予感は、予想と表現してもいい。

「祖父は、×年×月頃、死ぬだろう」

予想の確度をあげていく、そうした予想屋的作業を私は怠らなかった。

 

 スマホのない時代は、夜、テレビの天気予報を気にしたものだった。

ところが、スマホを持ってからは、いつでも天気予報を知ることができるようになった。

テレビの予報のコーナーは、視聴者にとって、おせっかいを受け流す時間でしかない、ということが多くなった。

そこで、私は気づいてしまった。

私が使っている天気予報アプリはヤフーのものだが、その「予報」たるや、刻一刻と変わるのだ。

夜の時点では、「明日は晴れ」、とあったくせに、翌朝、「今日は曇り時々晴れ」と出て、

空を見れば確かに曇っている。

「なんだ……」と私はがっかりするのだが、いや、それくらいの変更はテレビ時代でもあったこと。が、

問題はここからである。

遠くの空に暗雲が近づくのを見て、天気予報を見ると「これから大雨」と出る。

私は、

「こんなのは『予報』ではない。

空を見れば誰にでもわかる。謝らなくてもいいが、

せめて訂正前はこうだったのだが、と併せて伝えてもらわば気が済まない」

と、文句を言って、雨に打たれている。

 

 でも、じつは、もともと天気予報というのは刻一刻と変わるものなのかもしれない。

テレビ時代は、時たま、その瞬間に遭遇していただけなのに、

その都度、勝手に「天気予報とは固定的なものだ」と勘違いしていたが、

スマホ時代となっては、こちらの好きな時間に知り得るようになり、

「これ」と決まることがない流動性に気づいた、ということ、と解したほうが物分かりが良いようだ。

 

ともあれ、「予報」と言われ続けるから私は鼻持ちならない。

私は天気予報に、ギャンブル性を見ていたようだ。

イチかバチかで、えいやっと洗濯物を干す、あの覚悟は、天気予報士を見込んだ末の勝負だった。

予報士方に憤怒を招く表現であることを承知の上で言ってしまうと、

いち生活者の身にしてみれば、彼らを「予想屋」に見立てることもできる。

賭け事で当たりを、予想代行する、あの予想屋に。

スマホの「予報」は、現状とのすり合わせによる修正作業の結果であり、

これはれっきとしたズルだ。

馬券発売はとうに締め切られている出走後の様子を見ながら、机の下でベットしているような、イカサマ行為。

 

そんな悪口が言いたくなり、言っている。

 

 

 祖父の死の、その時に近づくと、私の予想は、幾重にも修正が必要だった。

脚が立たなくなり入院した、と聞いたときも、

「入院となっては、寝たきり状態になる。それはいけない」とは思いはしたが、

「だが、あの調子なら、まだ大丈夫だろう」という感想だった。

が、それは即、修正が必要なもので、すぐ破棄されねばならなかった。

 

入院後約1週間の経緯はこうだった。

 

脚は骨折しているので、手術が必要だ。

→しらべると肺炎らしい。骨折はさておき、まずは肺炎を治す。

→新型コロナの可能性がある。

→検査の結果はコロナ陰性だった。

→しかし肺炎の症状は重い。

→自発的な呼吸が見られない。

→危篤。

 

1週間程度で、祖父は遺体となった。

現実とのすり合わせ作業に余念がない私は、急転する現状に、

どうにかこちらの予想をすり合わせようと躍起になった。

ふいに暗雲が近づいた途端、

太陽マークを大雨マークにすげ替えて「予報」を気取るように、

結末、私は「もう難しいようだね」などと言って、祖父の死に、ギリギリ間に合わせた。

私の「悪い予感」を。

たった1週間前、「まだ大丈夫」と言っていたのだから、えらい変わりようである。

我ながら、これは節度がないのではないか。

でも、曲がりなりにも間に合わせることができたのも、また、事実だ。

 

気象とはどうやら刻一刻と変化するものらしいから、

「予報」がそれに照応して方策を施し、結果、流動的なものになるのは、当たり前のことであるから。

 

人はこうやって、何かを予感し、予想材料とのすり合わせ作業をとめどなく繰り返し、

100%的中の現実に納得し、また何かを予感し始めるのかもしれない。

「予感、すり合わせ、的中、納得……」

どうやらその連続の人生だ。納得するから、今ここで生きていても、取り乱さないでいられる。

おとなしく、たとえば目薬を点眼することだって、危なげなく、できる。

こんなコロナ禍においてさえも。

それを繰り返す果てに、私の死へとつながっているように思う。

私の死の直前、私は

「やっぱり予想した通りだ。ほらね、もうおれは死ぬんだよ」

と、「納得」するのだろうか。そこにおいてもやはり、「的中」の恍惚は伴うのだろうか。

愉悦か苦笑いか、どちらにせよ、私は枕で微笑んでいる気はする。

 

 尾崎一雄の「こおろぎ」は、病気の瀕死から危うく逃れた主人公の、

妻や子供たちとの、愛らしい交流が描かれている。

生還者である主人公は、子供たちの未来を「見届けたい」と願っている。

また、こおろぎが鳴くだろう「もう二三週間」程度の未来を、予感している。

それらは生の実感のみなぎりと、手離したくない生命というものを感じさせる。

 悪い予感と良い予感が入れ替わり、立ち現れるつつも、

しかし、それでも、良い予感のほうへと漕ぎ出そうとしているのが、尾崎一雄の小説だと思う。

ゆえに、浮力を持つ。

 

 良い予感であれ、悪い予感であれ、

「予感、すり合わせ、的中、納得」を数珠つなぎにできる程度の予想屋人生ならば、

それはそれで幸せな方なのかもしれないが、果たして人は無に向かってしか進んで行けない、

ということに一抹の寂しさを、私は覚える。

そんなのでいいのか? と

 

14時間目 祖父の死 「禽獣」川端康成 午後3時のカトウ塾 加藤亮太

じいちゃんが死んだ。

じいちゃんとは、私の祖父のことである。

 自宅でゆったり暮らす、その様を見て、「そろそろなのか」とは思っていたものだが、入院後、意識をなくしてから3日ほどで危篤となり、急展開で、死んだ。

 

急展開で転がるようなテンポではあったが、危篤状態でのじいちゃんの顔は、判別がつかない、別人のもののような、そして、いかにも、遺体らしい印象だった。手を握ったものの、硬く、はじき返す予感のない、まるで死後のもののようだった。

 最近のじいちゃんの姿は、一日のほとんどを寝て過ごし、徐々に消失していくように見えていたが、ついに死ぬに至った、ということか。そう納得された。

 

 うっかり私は、「じいちゃん」の前で、

「今夜が山だって?」

 と失言したくらいだった。

父は、「でも、その山を、越えてくれないと」

私には小声でたしなめつつ、

「おとうさん、また来ますからね! あとは大丈夫ですから、ご心配ないように。また元気にいらっしゃるのを、お待ちしていますよ!」

 と、耳元に叫んでいた。

今わの際で声をかけるには、「心配せず安らかに永眠してください」と言いつつ、「頑張って復活してください」と言うべきなのだろう。

 

 コロナだから、少人数・短時間で、と制限された面会だったが、制限があってもなくても、じいちゃんのために、私たちができることは残されていなかった。

 

「声をかけてあげて」

 臨終の、深夜の病室で、母は懇願した。

 呼吸器の外された顎はあんぐりと開放され、じいちゃんは完全に遺体となってしまった。

「じいちゃん、さようなら」

 私は、それしか言うことしかできなかった。

 何も言わないでは、集った皆に悪いから、そう声をかけた。

じいちゃんの魂というのか、気というのか、そういった、「じいちゃん」を「じいちゃん」たらしめていたものは、とうに滅してしまった。それが実感だった。

 

 その死の朝、自宅で安置された遺体を、妻と息子とを連れて、訪れた。

 

 2歳と9か月くらいになる息子だが、生前のじいちゃんをやたらと慕っていた。

じいちゃんの顔を見ると「じーちゃあーん!」と叫ぶのだった。じいちゃんも「はあーいー!」と、何度も互い叫び合う。

膝に這い上がり、口を開けさせて、入れ歯をいじって大喜びしたり、「オウッ、もうあっちへ行け」などと、じいちゃんの口真似して、じいちゃんを怒らせ、怒ったその真似をまたして、本気で怒らせたり、と、息子は半ばおもちゃにして遊んでいた。

じいちゃんは、軽くだが痴ほうもすすんでいて、老体には疲れるだろうし、あるいは、何が起きるか予想がつかず、危なっかしいので、私は息子を引き離す。だが、息子は頑なに「じいちゃんのところへ行きたい」と私の腕をすり抜けて、においの染みついたじいちゃんの寝室に入っては、足もとに乗っかったりしていた。

 

白い覆いをとって、その顔を見た。

 そこには、増して物質然として、さわやかに尖らせた顎があった。じいちゃんには、こんな顎があったのか。私の記憶にはなかった。

 

 妻は泣き、祖母や母や叔母も、涙ぐんで、

「じいちゃん、寝ちゃってるのかな」

 などと、息子に声をかけていた。

 

 すると、息子は、右手の親指と人差し指で輪っかをつくり、左手の親指と人差し指も軽く輪をつくり、手の平を向け、目をつぶった。

 

皆が目を見張った。

 

息子は、とあるポーズをとったのだった。

 

「見てよ、阿弥陀様だわ!」

「なんて子だ、じいちゃんの臨終に、阿弥陀様の恰好をして……」

「偉いねえ、偉いねえ」

 

 阿弥陀如来のそのポーズは来迎印、摂取不捨印と呼ばれ、「阿弥陀仏が西方極楽浄土よりあなたを迎えに来ました。あとは任せなさい」という意味があるという。

 

 私は、「よくも絶妙に、このタイミングで…」そう言いかけた。

が、もう言葉は不要のようだった。いや、言葉に詰まった。

 

 息子は、日頃から仏教美術が好きで、時折真似をしているのだったが。

 

祖母らは、一様に感極まり、息子は、突如として神秘性を帯びた。

 

傍らの私もその神秘に包まれ、世にもありがたいものを、目の当たりにした気がした。

 

息子はそのポーズを解くも、祖母は幾度もそのポーズを要求した。

また息子は、その要求に応えるのだった。

 

 

 

川端康成の「禽獣」を再読すべきだろうと、開いた。

 

しかし、粗雑に扱う命の感触に嫌気がさし、やめてしまった。

 

私には子供がいる。命を粗雑に扱う描写がいやだった。

 

 

なんとなく、背中の棚に放り込んでおいた。

 

 

 

それで翌日、また開いた。

 

昨日より読み進んだ。

 

昨日、「いやだった」ということは、私にはその手触りがわかってしまう、すでに私の一部にある、ということだと気づいた。

 

しかし、「虚無のありがたさ」というものがよくわからない。

 

読み通したが、よくわからない。

 

そしてやはり、ある登場人物のポーズと、息子の阿弥陀如来のポーズとが、重なった。

 

「ま、ポーズとして重なっただけだ。それに、息子はそりゃあ無垢だから。うちの場合は、そうありがたい、というものではない。結びつけるのは浅はかだ。ただタイミングが良かっただけ」

 

 実生活と重ねることから逃れられず、読書に没入できないことに、いら立ちを感じていた。

 

 本棚に戻した。

 

そのまた翌日の朝、まだ誰も起きてこない時間。

三たび、手に取り、開いた。

 

祖父の夢を見たのである。

あちらこちらで、やけに楽しそうに微笑んでいた。

その姿は、私のイメージにある「じいちゃん」。

痩せ細り、眠り続け、日に日に存在感をなくしていった、最晩年の祖父ではなかった。

 

 

気になったところを拾い読みした。

 

 メモをした。

 

「私は、絶対に死ぬ。

だが、私は死を経験できない。

他人の死しか経験できない。

死は、客観的。」

 

「だから川端は、生を、死の淵から描いてみた。……?」

 

「生が無垢であればあるほど、

死の絵筆の彩なすものは濃密になる。……?」

 

 

起きてきた息子に「バン」と撃たれ、私は「ウッ」と死んだふりをした。

 

午後3時のカトウ塾 加藤亮太 バックナンバー

 

 

〈プロフィール〉

 加藤亮太 1984年東京都葛飾区生まれ。中学生のための学習塾「カトウ塾」塾長。

2007年 バンド「august」結成。2008年 映画製作「new clear august」「ガリバー」「自棄っ鉢にどでか頭をぶッつける」等。

初小説「ことぶきの日」(同人誌『新地下』創刊号)。日本映画学校入学。2011年 小説「催促の電話」「冷製玉手箱」。

某大手塾にて塾講師。2012年 小説「わが遁走」「ダイヤモンドダスト」。

塾設立を企図。2013年 小説「狂犬病予防接種」「表層」「観賞」。バンド「オガアガン」結成。2014年 小説「かかし」。

某メーカー勤務。2017年 小説「弟の車」。2018年 小説「オメデトウ」。

2019年 独立、開業。

(※ すべての映画・小説は新人賞を落選し、すべてのバンドは解散した。)

 

 カトウ塾は、公立中学生のためのシンプル学習塾です。

 都立高校受験対策に特化し、成績アップ・志望校のランクアップを目指します。

 葛飾区東水元にて夫婦で運営しております。

 

カトウ塾 https://www.katojuku.com

13時間目 旅の恥、旅の時間 「伊豆の踊り子」川端康成 午後3時のカトウ塾 加藤亮太

 見ると、私の靴下の布地から、毛がはみ出ているではないか。

決して、見られてはならぬ。

ずり落ちた靴下を上げれば済む問題ではない。

shin hair(脛毛)が靴下の布地の間隙をねらって、飛び出てきているので、

これを解決するには、繊維の高密度な靴下に履き替える必要がある。

が、それが根本的な解決になるとは、言いがたい。

抜本的な解決を目指すのなら、脛をつるっつるに剃ってしまうべきだ。

それは私には恥ずかしいことだ。

ちょっと前の夏に、半ズボン、それも股下の極めて短いものが男性にも流行したが、

つるつるすべすべの脛を曝すことで、そこから地続きの、

下肢総体も、つるつるすべすべになっているのではないか、と想像された。

脛をつるすべ、にするくらいの精神性の持ち主だから、これは見当外れの妄想ではなかろう。

が、私は、世間のなかで生きているし、世間にそのことを意識させ続けて平然としていられるような

度胸の持ち主ではないがゆえに、恥。

恥。これを感じるので、私はやらない。

日本男児の半ズボンは、小学生まではいかにもふさわしいが、

中学、高校と、思春期・反抗期、心身の発達を通ったはずが、

体毛を処理してまで過度に短いズボンを穿く場合、

それはもはや、極まった自己愛のグロテスクな形であるように思えてならない。

自己愛ゆえに、自己を整えることに夢中で周囲への配慮が至らない、という理屈、

が通るのならば……、いや、そんな人間は、きっと世間には存在しない。

自己を愛するのであれば、他者からも愛されるよう、

そのあたりを整えるのが社会的人間の営みとしては求められて然り

(なぜなら他者を通して自己を愛した方がより説得力が強い)。

反して「他者との関係などどうだっていい」と、ポーズはとってみたところで、

心の底からそう思える人は、きっと、いやしまい。

なぜなら、激しいファッション性を発揮する彼らの、

他者からの視線にさらされている状況での、凍り付くほど日常的すぎる日常の諸場面において

(たとえば、バスの停留所の列で)、

彼らの視線はじつにおどおどとした、自信のないものになっているのを、

こちら側の人間は皆よく見て知っているのだから。

だから、先ほど述べたように、

それでも極短半ズボンを、二十歳を過ぎた日本の男性が穿こうとでもいうのだから、

いよいよ増して、世の男性諸君の度胸がついてきた証、なのだろうか。

体毛を剃る、という行為によって他者への配慮が見て取れるものの、

それこそが他者のためになっている、

つまり、自ら磨いた美によってこそ、他者に目の保養を与えるのだ、

と思い込んで、のものだろうが、それよりも「恥」とは思わないものか。

まあ、若気の至りとはそういうものさ。そうだろう。

「一度やってみれば、良さがわかる」

そういう声も私には聞こえてくるが、

私は、遺伝・武道・座禅・武士道精神とで鍛えられた、

完ぺきなまでの日本ジェントルマン体型で、脚は短く太く、さらに外側にわん曲し、

袴を穿いてすり足、したいところを止む無く太いズボンを穿いて西洋風に歩くふりをしているのが実態。

どだい無理である。

ところで、スキニージーンズ流行時、私も例にもれず、スキニーを穿いて、

周囲に、この私こそが、前述したような懸念、侮蔑、苛立ち等々を抱かせていたことは、

大変申し訳ないことであり、わが加藤家史上の赤っ恥、

これから初めて付き合う人には絶対に内緒の話である。

 だから、私は靴下の布地から毛が、ちょこちょこっとはみ出てきているおぞましき有り様を、

恥じつつも、脛をつるすべにする方がもっと恥ずかしいので、それはしない。

高密度な靴下に買い換える金など、あるわけもない。

脚をできるだけ早めに動かすことで、他者からの注視を避け、やり過ごしている。

 しかし、旅においては違う。「旅の恥はかき捨て」という。

これは、旅先には周囲に知り合いがいないのだから、恥をかいてもその場限りのものとなり、

平気で大胆なことをしがち、というものだ。

ことわざのとおり、私も、旅先では普段はやらないようなことをしてしまう。

羽目を外してしまう。

 高校の旅行でカナダへ行った際は、サングラスを買って、こともあろうか、闊歩してしまった。

 大学時代、いずれ妻となる、彼女と恋仲の頃、京都旅行。

2泊程度のつもりが、「あと1日」「もう1日」と延び、1週間の滞在となった。

持ち金は軽く吹っ飛び、祖母からもらっていたかなりの大金も、遣い果たしてしまった。

青森の音楽フェスでは、ギターウルフに壇上に上げてもらう、という僥倖を得た。

泣きじゃくりながら、ギターをかき鳴らして、踊り、狂乱じみてしまった。

 10余年もの前、いずれ妻となる彼女と別れた傷心旅行という名目でも、やたら旅行をしたもので。

本当に傷心でボロボロだったころ、よくわからないまま三島へ。

仕方ないからスナックに入り、「彼女と別れたので来ました」と脅し、マスターにおごってもらった。

京都へ彼女の面影を探して行くも、もち料理を食べ過ぎて、気絶した。

新潟ではバーと美術館に通ってやたらにナンパ、つまり、女性をたらし込もうとした。

金沢ではなぜか人の家で西瓜をごちそうになり、「一宿一飯の恩義」と言って、

そこにあったアコースティックギターをかき鳴らし、家族総勢6名ほどの中心で、

ジョンレノンの「ウォーイズオーバー」を歌った。

白けているのもかまわなかった。 

 また、私はアウトレットモールが大好きだ。

あれは、よくできている。あれには、やられている。

首都高の渋滞を経て海ほたるを通過すると、だだっ広い木更津の土地が広がり、旅をした感が出る。

旅先では、「恥はかき捨て」。

しぜん、行動は大胆になる。多量の服が、しかも廉価で売っているとなれば、買いあさらずにいられようか。

まんまと、やられている。

 このように旅先で、私はまったくの恥知らずである。

列挙しながら、自分がほとほといやになった。

きっと旅先でなら、私は半ズボンを穿くだろうし、脛だってつるすべに剃ってしまうのだろう。

私だけではない。きっと、あなただって、

旅先では、一流ブランドのべらぼうに高価な財布を購ってしまったにちがいないし、タトゥーシールを貼ってしまったにちがいない。

 

 川端康成にしては、珍しい、自らの体験を材にとった作品である「伊豆の踊り子」。

 旅をする中で、出会い、そして別れがあるわけだが、きっとこの二十歳の主人公も「旅の恥はかき捨て」を実践している。

踊り子に一目惚れし、同行し、言葉を交わし、デートの約束もし、風呂までいっしょに入っている。

作中、いわく「孤児根性」、に苛まれ、自省の旅に出た主人公は、出会った踊り子に、心を開き、大胆になっていく。

「男はつらいよ」のような構造だが、

主人公は、もっと、青い。とてつもなく青く、また、透き通っていく。

 

   * 

 

 旅先に見知った人がいないことが旅情に影響するのは、わかる。

が、旅にはきっと、生活現場の時間とは別の時間が流れている、

ということもあるように思う。

旅人の時間感覚は、実生活での認識とはぜんぜん別物となる。

この、縛られるような、うんざりさせられるような、そんなマンネリズムの日常を、いったん切り離し、

非日常に自己の存在を開放することで、たとえば「永遠」とか、「夢」とか、

そんな非現実の時を生きることができる。

 私の感覚だが、旅行の計画の話となると、「あ、あのゆったりした、向こう側の日々」とうっとりする。

「向こう側」の日々に、たとえば、6~7年前くらいか、鹿児島の旅がある。

そこには祖父母がいて(どちらも今も健在)、砂風呂に最後まで埋まっていた祖母の、あの嬉しそうな顔や、

祖父の喫茶店で他の客をいちいち品評、「あの女のコ、まだ10時なのにカレーを頼んだよ。昼まで待てなかったらしい」という、あの得意げな言いざまが思い出され、彼らは明るい陽射しの中、ゆったりと揺れている。

また、たとえば30年前くらい、伊豆に泊まって、父母と弟妹とでマレットゴルフをした際、

妹が振り上げたクラブが父のおでこに当たり、

父が「ちょっと切っただけだ。大丈夫」と言うも、大出血。

妹がそれを見てわんわん泣き、「わざとじゃないんだから、しょうがないよ」と、

皆でなだめるも、妹の発作じみた泣きじゃくりと、父の出血が止まるのを待っていた、あの昼。

あれらが思い出され、彼らもまた、明るい陽射しの中、ふわふわと、たゆとう。

それらの明るみに、「私」もいるのが見える。

「こちら側」=「日常生活の私」が、「向こう側」=「旅の私」を、少しは客観的に眺めることもできる。

「こちら側」の私は、「向こう側」の私を羨ましく眺める。

「向こう側」には、「こちら側」の1秒とは、無関係の1秒が流れているが、

「こちら側」から見ると、ほぼ止まっているように見えるか、思い出として、無限に再生可能で、それらは明るみの中、老いを知らず、生き生きとしている。

こちら側の私は老いていくばかりだ。

各人のparallel world(並行時空)は、日常生活と、旅先の時空とで、勝手ながらすでに存在するようだ。

切り離された時間における非日常は、理想郷、桃源郷、永遠、天国、不老不死。

そういう風に、胡散臭い名前で、切実な気分で呼んで、すがりつきたくなる。

かつて死んだあの人たちも、向こう側にいる。ありありと見える。

遺影に見た、どうもしっくりと来ない、あの顔ではなく、ありし日に親しんだ、あの微笑でいる。

 

   *

 

今回、「旅の恥」についてべらべら喋り過ぎてしまいました。

最後に言いたいのは、とはいえ私が言うまでもないことですが、

この作品は完璧、ということです。

この小説をうごかす動力は、主人公「私」と、「踊り子」とが、出会ってしまう、

その磁界の強さにあります。

磁力は、引き合う場合と、反発し合う場合とがある。

しかし、東京での学生生活という日常に帰らねばならない「私」と、

生まれてこのかた定住の地を持たない、さすらうことが日常の「踊り子」と。

生活の現場がまるで違うふたりにおいては、すでに磁力が発生しているのに、

ひかれあってしまい、そして、いや、しかし、……

……しかも、彼らは、青い、青い、青い、じつに、青く、そして、さらに青く、ついには、透き通っていく。

私の、旅をしていない、日常の時間にも、歪みをきたす、磁力。

 

   *

 

また旅をして、恥をかきたい。そんな今日この頃です。

 

 

 

午後3時のカトウ塾 加藤亮太 バックナンバー

 

 

〈プロフィール〉

 加藤亮太 1984年東京都葛飾区生まれ。中学生のための学習塾「カトウ塾」塾長。

2007年 バンド「august」結成。2008年 映画製作「new clear august」「ガリバー」「自棄っ鉢にどでか頭をぶッつける」等。

初小説「ことぶきの日」(同人誌『新地下』創刊号)。日本映画学校入学。2011年 小説「催促の電話」「冷製玉手箱」。

某大手塾にて塾講師。2012年 小説「わが遁走」「ダイヤモンドダスト」。

塾設立を企図。2013年 小説「狂犬病予防接種」「表層」「観賞」。バンド「オガアガン」結成。2014年 小説「かかし」。

某メーカー勤務。2017年 小説「弟の車」。2018年 小説「オメデトウ」。

2019年 独立、開業。

(※ すべての映画・小説は新人賞を落選し、すべてのバンドは解散した。)

 

 カトウ塾は、公立中学生のためのシンプル学習塾です。

 都立高校受験対策に特化し、成績アップ・志望校のランクアップを目指します。

 葛飾区東水元にて夫婦で運営しております。

 

カトウ塾 https://www.katojuku.com

 

 

12時間目 緊急事態での平穏を思う 「黒と白の猫」小沼丹 午後3時のカトウ塾 加藤亮太

 コロナウイルスを呪う今日この頃、皆さま、お元気ですか。私は、陰鬱です。

 桜の花は早々に散りました。これはいかにも桜らしい身の振り方、と思いました。旧時代的言い様ですが、文字通り、「花と散った」かのようです。潔く。

 

 

去年の緊急事態宣言下、「コロナで密を作らないように」と、来客が見込まれる全国各地の観光農園、フラワーパーク等々で、チューリップが、切断、廃棄された、あの痛々しい光景がありましたが、今年はぎりぎり、緊急事態宣言と緊急事態宣言のはざまで、花弁を切られずに済んだ、ということでしょうか。あるいは、切られたものもあったのだろうか。

 

人間が、しょせん人間を呼びこむため、植えられたのだから、とはいえ、花は美しい、と思わないこともないこの私にも、その記事は、殺害現場の写真を目にしたような衝撃を受けました。

「来るな、と言っても、快楽主義者は来る。ならば、すべて刈り取っちまえ」

 そんな命令をする人を、その野太い声を、私は瞬時憎んだものでしたが、きっと、号令をかけた人も、悔いの残る決断であったろうし、実地で、花びらを刈っていく、農園や生育係の方の、流した無念の涙は、「待てよ。これは、あまりにエゴイスティックな涙ではないか」と自問自答しながら、ひややかに乾いたことだろう、と思われ、だから加藤めがどうした、というと、つらく、せめて、いやな呪詛を口にしたい思いでいっぱいです。

加担した人たちの胸に、以降起こり立つ、すべての感興が、「どうせ」と、白々しくなるような、また、過去せっかく味わった人生の輝きを、その価値を、自らあざけって、つばして、すべてなかったことにするような、ひどい傷が刻まれたのは、果たしてよかったのか。

 

まったく、憂鬱でなりません。

 

「ばかな……」

 

 ため息交じりに、何度口にしたことか。

いくら連呼しても、まだ足りない。

 

「人間なら、まずは人間を信じないのか」とも言いたい。

「人間なら、まずは人間を信じてみろよ。ウイルスの側に立つのかよ。理知的であることと、情緒的であることの両立を諦めるのか。そんなわけないだろう。君はつらいんだよ。それを素直に話してくれよ。ありがとう、俺なんだか嬉しいよ。みんなで泣こうじゃないか。この苦しみを、いったん、分かち合おうじゃないか。まずその説教みたいなのはやめにして、知事、大臣、みんなで、24時間テレビで、24時間泣き合おうよ。ずっと耐えている子どもたちにマスクじゃなくて金メダル配ってよ。とか言って、そんなものはまあいいから。金メダル級の笑いと涙を。さんちゃん、たけちゃん、タモリさん、みんなで志村けん追悼から始めませんか。再現ドラマではなく、泣きながら笑えるコントをしませんか。経営者の皆さん、心を語り合いませんか。死ぬ間際に、『アイラブユー!』って叫ぶ、あの欧米の習慣、やめませんか。あの『アイラブユー!』が聞こえたら、たちまち、もう自分は終わりなんだ、とわかる、それが怖くて。飛行機、非常時の酸素マスクが出てくるのが怖くて、いたるところから、『アイラブユー!』が聞こえてきそうで、怖くて怖くて」

 

 

 緊急事態にもある、幸せな瞬間ベスト3。加藤のケース。

 

3位。

「洗濯物を眺めながら、淹れたてのコーヒーをカップに注いだとき」

いまこれをタイピングしている間も、思い出すだにうれしくて、にやにやしてしまいました。よく晴れた朝は格別。さて朝刊でも開くか、という、心に余裕ができたからこその瞬間です。

 

2位。

「土曜の夜にビールをグラスに注いだとき」

けっきょく、これ。日常生活、結局、これにかなう幸福感は、なかなかない。注ぎながら毎回、有森裕子さんの名言を悪用して、「今週も自分で自分をほめたいと思う」を繰り返して懲りません。

これを挙げる私、我ながら、罪のない男だな、と、泣けてきます。「自分で自分を罪のない男だと思う」。生活者の最後の砦で、せめて、これだけは奪わないでほしいものです。

 

そして、ついに、

緊急事態にもある、幸せな瞬間ベスト3、

輝ける第1位は……

「帰宅後、妻に話を聞いてもらっているとき」

妻に話す話なんて、大した話なんてないのです。

芸能人のゴシップ、他人の悪口や耳に挟んだ近所の噂話が大半で、他に何かあったとしても、帰宅時うんこを踏んで腹が立った、とか、うんこを漏らしそうになって焦った、うんこって臭いよね、といったような、他愛もない話。脳に直接口をつけて喋らせたように、節操なく、拙者はべらべらと垂れ流すわけです。

しかも、頷きの声が聞こえて来なかったり、いかにも傾聴の態度からかけ離れた様子だと、癇癪を起す始末。食事の用意でキッチンに隠れでもしたら、横に並んで、やります。

押しつけがましく、あつくるしく、彼女には申し訳無いわけですが。

しかし、これがないと、拙者、駄目なんです。

 たまには、「帰りが遅くなるから、寝てしまってください」と連絡をしたりします。どうしても、帰宅が23時を超えることも、時にはあります。幼い子どももいる、というのもあり、そういう場合には、苦渋の決断を下し、「どうぞ寝てください」と伝える。

帰ると、もちろん、そのようになっている。机上にはラップがかけられた食事が用意されてあって、各々、電子レンジで温めなおして、……ま、いいや、どうせ拙者ひとりだから、話し相手がいなくては、精神的に味気ないのは決まっているんだよね、と、つぶやきシロー風に億劫がって、冷めたままの煮物など、むさぼるように食べたりします。この後の食器洗いでは、高確率で皿を割ることになるのだが。

翌朝。

溜まりに溜まった「妻に聞いてもらいたい話」を抱えて目を覚ますと、拙者、もう止まりません。

まず、聴き手である妻の取り合い。

ライバルは息子です。拙者が喋ろうとすると、愚息ったら、母ちゃんが独り占めされるのがいやなのでしょう、オディプス・コンプレックスよろしく、負けじと「トイストーリーが」だとか、「おばけが」だとか、「大洗のイルカが」だとか、またべらべらと喋る。声がやたらでかいので、拙者もつい声を張り上げて、「拙者の、拙者の、拙者の話を聞け~」、男2人が大変騒がしい。

息子の口をふさぐべく「今、お前さんのおやじが話す番だろう」と、拙者もむきになって怒ったりするのですが、ライバルもまた手ごわい。

「こら!」だとか「シー、だ!」だとか、闘志剥き出しで対抗してくるから、拙者も不機嫌になって、取っ組み合いの喧嘩、……というわけにはいかない。

仕方なく声を落として、洗濯物を回しに、その場を離れる。

 

洗濯物はいい。なにせ、裏切らない。拙者を。

回せば、浄化され、干せば、乾く。

 

洗濯物の回転になだめられていたら、ふと、

「妻が死んだら、どうなってしまうのだろうか」

と思う。

ずしり、と深刻な危機感が胸にのしかかってくる。

 

 

小沼丹は、妻の死後、その死を小説に書こうと思った。さらに、この頃から、空想の作り物を書くのではなく、今後は自分の身辺のことだけを題材にしよう、という心境の変化があった。

そうして書かれたのが「黒と白の猫」。

執筆の経緯は、「懐中時計」巻末にある、「著者から読者へ」に詳しいが、はじめは、自らをモデルにした人物を、「僕」という一人称で書こうとしていたのだが、「べたべたくっつくものが顔を出し」、書きあぐねていた。そこへ、「大寺さん」という人称を発見し、用いることで、小説を書くことができたという。

「小沼」ではなく、「大寺」でもない。「大寺さん」。

「〇〇さん」と、他人行儀に、しかし少し親しみを込めて、自らを呼称して、絶妙な位置に遠ざけたのは、なんと切実で、なんと仕組まれた発明だろう。著者に言わせると「どこから出て来たのか、これは作者にもさっぱり判らない」とのことだが。

 飄々とした猫の登場もあって、「妻の死」という深刻な題材であっても、さほど深刻にならず、過剰に飾らず、かといって、冷淡になりすぎることなく、描かれていく。

 

 コロナ禍。国難。パンデミック。緊急事態。

 

「大寺さん」の視点をヒントに、どうにか、このどん詰まり感、切り抜けていきたいから、洗濯物を干し、コーヒーを注ぎ、ビールを注ぎ、妻を奪い合い、本を読んでいきたい。

11時間目 ロンドンズバーニング 「推し、燃ゆ」宇佐美りん 午後3時のカトウ塾 加藤亮太

 

「シンウルトラマン」が公開されるという。

庵野秀明と樋口真嗣との「シンゴジラ」タッグ、再び!

 

最高!

 

予告編を見ながら涙があふれてきた。

 コロナ禍に塞いだ気分に、一穴空いて、風が吹き抜けた気がした。

 

 

でも、こんなシンウルトラマンは、いやだ。

 

『シン』になった、ということで、大盤振る舞い。活動時間「3分間」が、なんと、「30分間」。

 

 いやですねー。

 

これじゃあ時間余っちゃう。ってんで、怪獣10体現れちゃったりしてね。くんずほぐれつ、ワーワーうるさいから、観ていて集中できない。それに2時間映画だとしたら、リアルタイムで4分の1も食う。これじゃあ話にならない。なら、ダイジェスト映像でいいか、つって、せっかくの戦闘シーン、編集しちゃったりしてね。みのもんたのナレーションで殴られる怪獣の気持ちとか解説しちゃったりして、早送りと巻き戻し繰り返したりなんかして。ア~、ウッ! バカやろっ。珍プレー好プレーじゃないんだから。シンプレーか。

 

 

 こんなシンウルトラマンはいやだ。

 

 ウルトラマンが、だらっとした黒い上着を羽織っている。

 

 いやですねー。

 

 主演が斎藤工だからといって、あのリラックスするやつ、羽織っちゃってる。ウルトラマンにラグジュアリー感はいらないね。「ラグ、ジュワッ」とか言って、自分で、コーディネートの解説しちゃったりしてね。たしかウルトラの父も、マント羽織ってたろ。父に憧れちゃったのかね。でもスペシウム光線撃つとき、ふわーって、たなびいちゃう。そのたゆむ感じ、全然、戦闘意欲を駆り立てないね。でも、お祭りの時みたいなハッピならまだ似合いそうなのが、ふしぎ。屋上のビアガーデンか、っての。

 

 

 こんなシンウルトラマンはいやだ。

 

 ウルトラマンに変身するとき、「逃げちゃだめだ」を連呼する。

 

 いやですねー。

 

 エヴァンゲリオン引きずりすぎだよ。ウルトラマンはすんなりと変身しちゃっていいんだよ。でも、庵野企画だからね、どうやるかね。たのしみだね。

 

 

 

○   ○   ○

 

 

 

 我々はなぜ物語、虚構を欲するのだろう。

 虚構は嘘でできている、としたら、私は嘘を欲しているのかしらん。嘘をつかれることは、嬉しいこととは到底思えないが。ならば、虚構は嘘でできている、その前提自体が間違いというわけなのか。

いや、話が逸れている。

「虚構の中にこそ真実がある」などというような、胡散臭いキャッチフレーズを鵜呑みにしてみたいわけではなくて。

 

 たとえば、授業中でのこと。

「貴様、寝るんじゃない」

 と、教師が生徒を叱るとする。

 

「すみません」

 と、教師にとっては、すかさず謝られるのが定石であり、期待した返事である。そしてこれ以上は不要であり充分である。言外に「すみません。うっかり寝てしまいました。寝るつもりではありませんので、以後気をつけます」と言っているのだろう、と想定し、解すだろう。この時、教師と生徒は、通じ合っている。

 

「いいえ、寝てませんよ」

 

 こう来たら、教師は大層、腹を立てることになる。

 

 私が中学生だったころ、このパターンを見たことがある。

 

「貴様、寝るんじゃない」

「寝てません」

「いや、今、寝ていただろ」

「寝てませんよ」

「嘘をつけ。貴様、寝ていただろうって」

「嘘はついていません、寝てはいませんでした」

「貴様、私を舐めているのか」

「……いいえ」

「舐めているな」

「舐めていません」

「ふざけるな!!」

「……」

 

大迫力の銅鑼声で怒鳴られ、生徒はシュンとしていた。近くに座っていた私もシュンとした。教師の頭は怒りのあまり、真っ赤に腫れ上がっていた。

そして、教師に思った。

「何も、あんなに怒鳴らなくてもいいのに」

 また、同時に、生徒にも思った。

「とっとと一言『すみません』と詫びを入れれば、こんな過剰な音量の銅鑼声を浴びる必要はなかったんだ。愚かしい」

 

 このときの私の思考は、いわば不当な取り調べをする悪徳検事と同じで、事実と違うのに、それが事実であったことを認めさせるよう、誘導・強要するものであったかもしれない。

 しかし、今思えば、この教師が最後に怒鳴った、「ふざけるな」というのは、また切実な叫びだったように聞こえてくる。

教師は、「寝ていたかどうか」に論点を絞ってしまったのが間違いだった。これは、この教師にとって、なかなかの問題であったのに、問題を小さくしてしまった。「嘘をついたかついていないか」「舐めたか舐めていないか」の問題にすらしてしまった。

なかなかの問題であることに気付いたその瞬間、教師の頭に血が上ってきた。自分の置かれた状況が、切迫した状況であることを、ようやく、理解したのだ。

教師は自ら、自分の存在意義を、教師以外のなにものでものないものに規定した。結果、そんな自分の前において、生徒は生徒であることしか存在意義はなくなってしまうのである。これは悲劇で、教室は、牢獄と化す。各員が役割を果たすこと以外許されない、強制記号化の果ての、どん詰まりの牢獄と化す。教室が自殺している。

 

思うに、教師は、早い段階で、こう言うべきだった。

 

「貴様、虚構が足りていないようだな」と。

 

 

 

虚構……、それはある種のユルさのこと。

虚構……、それは想像力の種。

虚構……、それは無限大に爆発し続ける波動。

虚構……、それは互いを認め合い、通じ合うとき。

虚構……、それは音楽。

虚構……、それは、

 

 

るーるるー

 

るるるーるる

 

 

 

○   ○   ○

 

 

 

「推し、燃ゆ」宇佐美りん。

 主人公「あたし」が、私の大の嫌いとする類型、「無邪気な子」型主人公と、かなり肉薄した一人称の組み合わせなのだ。

なぜ無邪気な子が主人公、かつ、人称(カメラの目)が主人公に肉薄すると、私はいやなのかというと、まず、なんでも起こり得るから。たとえ物語であれ、虚構であれ、「なんでも起こり得る」世界、それは「筆者の都合」でしかない。強度が甘すぎる。

また、「てい」であることは明白だから。無邪気な子の目には、そう映るもの、として、それをそのまま拙い文字を使った、という「てい」で、つまり、「磨けば光るダイヤの原石ですよ」と、でも「大人の声」で提示されるわけで、「おっさん、せめて泥団子にしてくれ」、読む気が失せるものだ。そういう胡散臭い作家は多くあり、彼らの作品はすべて石ころの「てい」なので、鳥肌モノである。

また、とつぜん「漢字が覚えられない」とあり、それまで「あたし」は、さんざん漢字を、小説の文章に、使っているのに、これはどういう了見か、やはりこの設定だと、遊びもない牢獄に窮してしまうのか……、と一度閉じようかと思ったものの、芥川賞は最新の文章芸術の粋だ、と思い出したので、閉じるのをやめた。

 

読後。

 

やはり、最新では最高のものである、という感想でした。

 

アイドルを追っている、というイメージのポップさと、あんがい硬質な文体の、しゃっちょこばったまじめさとが、ちぐはぐに相まった、稀有な反骨小説である。

私のパンクバンドにザ クラッシュがあるが、クラッシュの表現方法の逆をいくやり口で、世界に抗っている。批評を待つ格好の文章だが、批評と我が身ごと切り裂くように。

 

 皆さんも読んでみてください。

 

10時間目 基準を超えて 「第七官界彷徨」尾崎翠 午後3時のカトウ塾 加藤亮太

その作品が出たのは、2011年3月11日より前か、後か。

 

 この確認を私は欠かさない。読むにも、観るにも、聴くにも。

今年は、あの震災から10年。それでも、作品に対するこの確認作業は、私の癖となっている。きっと、一生続くと思う。

 

その作品は、どの世界で生まれたのか。あの震災を経験した世界で作られたものなのか、それとも、そうではないのか。

そうなら、「じゃあ、私と地続きの作品だ」と思う。

そうでないのなら、「じゃあ、向こう側の作品だ」と思う。

 

これは一定の事実だ。そうだ、事実に過ぎない。

 

私は、震災の影響色濃い作品ばかりを、崇め奉りたい、と言っているのではない。2011年3月11日以降のすべての事象は、「いま」とつながっていて、あの日以前のすべての事象は、「いま」とは断絶している。これは事実に過ぎない。

 よって、2011年3月11日は、基準となる。地層からアンモナイト化石が見つかったら、その地層の時代が中生代だと決まる示準化石のように、2011年3月11日は、日本人にとっての基準となっている。ならないわけがない。

 

 そして、現下のコロナ症蔓延のことも、今後の新しい基準足り得るのかもしれない。

 今日、国内で感染者が初めて見つかって、1月15日がちょうど1年だときいた。

 

 

 *   *   *

 

 

 ガイドブックなんかに載っているような、陳腐な観光地からは外れて、あえて、ひなびた土地の寺に参ってみる。1時間に一本あるかないかのローカルバスに乗って、メジャーな街から外れ、人の気配から離れ、地元民でも滅多に行かないような場所へ。

繰り返すが、私は、あえて、そうしてみたのだ。それが旅情と言うものだ、という意気込みで。

 目的の寺社は鬱蒼とした森にあり、灰色の祠の立ち並んだ境内の空気は、うすら寒い。自動販売機は、売り切れのままに放置されてある。石像を眺めると、とくに珍しいこともなさそうだが、そのいわれの立て札を読んでみると、子どもを食った鬼女の神、などとあって、やけにおどろおどろしい。

そこへ、カップルが現れた。外国人のカップルだった。これが、いかにも、観光目的の外国人。また、あろうことか、ショーでもやるかのような奇抜な出で立ち。

 旅先でのこんな場面。

 興ざめ? せっかくの旅情がぶちこわし? いやいや、これは私にしたら、全然そんなものではない。むしろ、「ホッと胸をなでおろす」といった表現がふさわしい。「よく来たな」と、神(=来訪神=そのカップル)に許可を出されたような気もする。よもや彼らがフランス語なんかしゃべってごらん、「大正解!」と、太鼓判を押された気さえしてしまう。

 観光客が集まる場所を嫌い、あえて離れてみた、その結果、折悪しく観光客の権化のような人と遭遇したが、呆れたことに、私は「よかった、正解だった」と安堵する。

 

つまり、私は、私の感性を信じたいが、信じられないでいる。

 

つまり、私は、私の感性を不動の基準にできないでいる。

 

また、私は、私を愛しているような気がしているが、しかし、私は、私を信じきれないでいる。

 

愛が、見返りを求めない奉仕だとしたら、そして不信が、絶望のエキスだとしたら、愛と不信とは、同居し得ないはずのものではないか。同居など、矛盾でないか。「そんな矛盾までひっくるめて、私は私を愛してる」と言うのなら、感性不信の話はチャラになり、「勝手にしろ」と吐き捨てることとなり、それではまったく話にならないのだ。

 

 

 *   *   *

 

 

コロナが恐ろしい。コロナを恐れて、変化・起伏の無い日々を過ごしている。

私の脳は常に怯えているから、正常な判断力が低下しているようにも思う。味覚嗅覚が正常かどうかばかり気にしている。

 

そんな中、音楽やラジオを聴く。聴いていると、深刻に考えずに済む。コロナを忘れる、とまでは至らないし、そうしたいとも願わないが、変化・起伏の無い日々を恨む気分や、コロナに怯えた気分からは浮遊できる気がし、その時点で快楽を得ているようだ。

通勤時、20分の徒歩、ラジオを聴く。これはタイムフリーで前日の「有吉弘行のサンデーナイトドリーマー」「爆笑問題カーボーイ」、「おぎやはぎのメガネびいき」が最低限、となるから、毎週月曜・水曜・木曜の習慣となっている。

3番組の共通点は、冒頭、さらに、最初のリスナー参加のコーナーで、時事ネタを扱う点。これは人と人との出会いがしらの社交辞令的な世間話に似て、ふつう。自然。

逆に、まったく時事ネタを扱わないか、あるいは、扱い方がしつこい、あまりに偏っている、という場合はあまり聞く気にはなれない。それは、やはり、私がラジオに求めているのは、ごくふつうの会話だから、だろうと思います。もちろん、お笑い芸人なのだから、笑わせようとしてくれるのだけど、その笑わせようとしてくるきっかけの掴み方、その表現、思考と発言の連なり方が、また自然な力加減で、偉そうな言い方だが、好感が持てる。彼らには、「ごくふつう」という基準を、常に意識しているようなところがあって、私は安心して聴いて、そして、けらけら、笑っています。妻に、いかにリスナーからの手紙に対する有吉の返しがおかしかったか、いかに太田の田中への相槌の打ち方がリスナーの興奮を掻き立てるものか、いかに小木が案外社会に対して厳しい立場をとる、その半笑いでのポーズを、矢作が解説する際、全体的に納得のいくコンビならではの収穫となるかを、弁じてみたものの、全部口真似をして話さねばならない気がするので、下手なモノマネも相まって、再現度は極めて低く、結果、夢の話をしているようで、我ながら歯がゆいものだ。ここでもつい饒舌になる。

聴きたいラジオ番組がない曜日は、音楽を。音楽を聴きながら、歩く。ノッてくると、リズムに合わせて、歩数も合わせてしまうし、首を上下に動かしてしまうし、手元ではエアギター、エアドラムまで始めっちまう。すると、「この曲を聴くために生まれたのだ」という熱い思いに駆られ、興奮しちまう。最近はフィーリーズ、ビッグスター。この2軒を行ったり来たり。

これらの習慣は塾の掃除が終わり、食事が終わるまで続く。はかどって、(あるいは、時折手をとめ、また動かすといった、慎重さで)教室も普段よりピカピカ光るようだ。

 

生徒が来る前のピカピカに磨かれた教室で、ひとり、ラジオのタイムフリー機能で、妻の拵えてくれたおにぎり二個、食べながら、くすくすと笑っている。くすくす笑いが、だんだんと大きくなり、「ブッ」と米粒を吹き飛ばしそうになりながらも、こらえて、それがまた、実におかしい、といった様子で、笑っている。

そんな自分を、また別の私が、上から見下ろして、無感情にぽつり、つぶやく。

 

「あんなに嬉しそうにして……。どうせ死ぬというのに。かわいそうに」

 

そんな私が、涙を流す。

これは自愛の涙か。それとも、感性による涙なのか。いや、それとも、それらの感興の、かけ合わせ、化学反応によって生じた、何らかの結晶なのか。

 

ラジオの中の彼らは、もちろんコロナについても喋ってくれる。また、杉本博司は新聞上でコロナを「頃難」と表記していた。

そのように有名人たちがコロナを取り扱ってくれることで、私の無謀な自己不信は、融和されていく。外国人観光客の存在によって、自己不信が、融和されたように、私のコロナへの怯えが、私も知っているし皆も知っている人、つまり、信頼したい人たちの表現に、すくいあげられ、中空で共感がなされ、融和されていく。

そうやって、私は、失いかけていた自分の基準を、たぐり寄せようとする。しかし、他人の手を介して。

 

 

 

○   ○   ○

 

 午前10時。にしては、日当たりの悪いリビングルームで、ひげ面の、寝癖頭の男があくびをしている。妻はずいぶん前に買い物にでも出かけたらしい、炊飯器の横には、乾ききったしゃもじが、墓標のように、男のものらしい茶碗に入れられてある。

 男の前にはスマホ。ヤフオクの画面。

その男は、つい今しがた、コム・デ・ギャルソンの服を6,750円で落札したのである。競りに競り合った挙句、ギャルソンの中古のシャツを手に入れた。男は勝った快感にも飽き、手をだらりと床に垂らしたまま、平和なあくびをしたところである。

 私は、背後から行って、「はたらけ」と言い、その男の後頭部をひっぱたきたくなる。

しかしその男とは、私のことなので、ひっぱたくことは、無理である。 

 

○   ○   ○

 

 

上記「○ ○ ○」で囲まれたる文はコロナ禍前に、加藤氏が、つまり私が、書いたものであるが。

 コロナ禍中の今となっては、最後の「ひっぱたく」というくだりは、自ら許しがたい行為のように思えてならない。

今ならば、「どうせ死ぬというのに。かわいそうに」と涙を流す……

そんな描写しか思いつかない。

 コロナのわざわいを経て、許されない文章となった。そこには、私の、おぼつかないながらも、過去とは一線を画す、「新しい基準」が働いている。

 

 しかし、ついに、ゆり戻される日が訪れたら……

 

たとえば、新型コロナ予防接種が全国民完遂し、「感染者0」「新型コロナウイルス殲滅」、すべて振り出しに戻る日が来るのなら!……どんなにいいだろう。その日が訪れる時、私は滂沱のごとく感涙流して、渋谷のスクランブル交差点でハイタッチ交わし、3密と濃厚接触のオンパレード、真のお祭り、やるぞ、酒のオリンピック、やるぞ、山手線一周はしご酒の旅を、大盤振る舞いを、素晴らしきわが青春をもう一度、してみせる。

 

・・・

 

先ほど「新しい基準」、などと威勢のいいことを言ったものの、そんなものは、たやすく吹き飛んでしまうような、ほんの使い捨て立て看板のような、そんな頼りないものなのだろうか。

 

テレビで、狂言の「茸」を観て、笑う。

 

狂言や歌舞伎など、伝統芸能を観て、単に「可笑しい」というので、私は笑うわけだが、ただ笑って屁をこいているだけではない。笑った後、とある感慨に打たれる。

というのは、この笑いは、100年どころか、200年、300年……、いや、演目によっては、室町時代からと言うから、600年以上も繰り返されてきた、そういう笑い、ということ。

累々と積み上げられてきた大量の笑いによって裏付けられた「確固たる」可笑しみ、それが、私を笑わせるのだろうし、しかも私はいっちょまえに、その先頭で笑っている。屁をどうしようとも、私はその先頭にある。

私が発した笑い声は、背後から、どうっと、湧きたつ、声なき歓声に、圧し出されるようにして、出たのだ。そんな感じに触れ、声なき笑い声を聴き、私の声がそこへ混ざり、私も芸能の歴史、笑いの歴史の一部として作用することになり、嬉しくなる。

 

伝統芸能を演じるにあたり、基準となるのは、台本やテープ、録画映像、先輩からの口伝え、稽古などであろうか。その基準は、ブレるタイプのものではないはず。なぜなら、まず役者ひとりで勝手にやるものでもなく、同時に共演者はもちろん、興行主、演奏者、舞台美術、など様々な専門的で伝統的な業種が絡み合ってできあがるものだから。また、あまりにも長い歴史があり、型が決まっていて、その型の再現がまず土台となるだろうから。そして、受け手の感動もまた、定型化され、それをまた頼りに、「またあれをやるのか、観たい」ということで、観て、前述した、歴史に裏付けられた感動、どうっと、それを背に受け、自分もその一部となって、感動し、そのことにまた感動する。現在進行形の客を感動させることで、現在完了形の、可視化するなら、眼前の客の後ろに、ずらり長―い列をなした観客全員を、同時に感動させることになる、そのような形而上的な劇場を、歴史に裏付けられた催しで実現せしめてしまう、それが伝統芸能の舞台だと思う。

 

その笑いは、幾度ものわざわいをくぐり抜けてきた、強い基準によるものだ。日本人が全滅しないかぎり無くならない、確たる基準。

 

 

それに比べて小説はなんて不確定なものだろう。曖昧な、自分の基準だけを頼りに、ものにしなければならない。

 

尾崎翠の「第七官界彷徨」。

その作品が出たのは、2011年3月11日より前か、後か。

勿論、ずうっと前の、1931年発表の作品。私とは地続きではつながっていない。

 

主人公「私」が男子学生三人の住まう家の女中として、紅一点、歌ったり、泣いたり、笑ったり、しっちゃかめっちゃか、グロテスクな騒ぎの、その中で、奮闘し、そして恋をする、という、現代でも散見する、少女漫画か日テレのドラマかのような設定の話で、おそるべきほどに現代にも開かれた作品なのだが。

 

「私はひとつ、人間の第七官にひびくような詩を書いてやりましょう。」

 

 序盤の、このひときわ生々しい一文にドキッとさせられる。

尾崎翠が、あらゆる基準と懸命に戦っていたんだ、私にはわかるぞ、と思う。

(それに、尾崎はこの作品発表後、永遠に引退し、伝説と化してしまう)

 

 私は、しみったれた涙など拭い捨てて、ここと地続きでなくても、ぴょんと飛び越えて、「向こう側」へ行きたい。行けるか