高い空、あつい肌、白い花がみんな咲いてる。
夏はすぐそこまで来ていた。
『残念ながら、もう目を開けることは出来ないかと思います』
へんだな、と思った。
しばらく呆然として、それは突然襲ってきた。
最後に会った日のことを思い出す。
「またね。よなちゃん」
なにも変わらず、なにも特別じゃないあの瞬間を、わたしはこれから何度も思い出すのだろうか。
どうしよう。
もう二度とあなたに会えないのだ。
*
······僕はこの詩集がそれを読んだ人たちに忘れられたころ、不意に何ものともわからないしらべとなつて、たしかめられず心の底でかすかにうたふ奇蹟をねがふ。そのとき、この歌のしらべが語るもの、それが誰のものであろうとも、僕のあこがれる歌の秘密なのだ。
-萱草に寄す 覚え書より
今日まで、理解しているつもりでいた。
もう何年も前に祖父や祖母を亡くしたとき、わたしはたぶん泣いたけど、それは少し一生懸命ですらあったと思う。
白い顔を覗き、そのつめたさに驚き、泣いてる人がちらほらいる。なんだかさびしく、死とはこういうものなのだ、と子どもなりに見つけたような気がした。
でもそれは違った。
大人になっても何か理由を見つけては落ち込み、そのことについて徹底的に悲しくなると、ときどきわたしは風呂場で泣いた。
そのときと、涙はぜんぜん違う味がした。
さまざまな本を読み、映画を見て、時に音楽のなかでその人になりきって心が震えた。
死のにおいは、そのたびにわたしを誘惑した。
でもあれは死ではなかった。
それは完全に、まったく別のものだった。
*
しばらくのあいだ、本が読めなかった。
そこにある言葉や意味が、急に馬鹿馬鹿しくなったのだ。
街ゆく人々はみな目的があって、堂々と歩いているように見えた。きらきらしたこのひとは本を読むのだろうか。読まないだろうな。わたしは汗を流しながら、必死に心の中で攻撃する。
あんなに揺さぶられたものたちが、ただのがらくたに見えた。
それがいかに美しくとも、いったいそれが何になるんだろう?
それが、わたしは、悔しかった。
*
泣き疲れて眠った夜、その人はやっと夢に出てきた。
わたしは彼女の隣に座った。
待ちわびていたのだ。
夢の中で、彼女は空を見て呆然としていた。
わたしは少しむっとした。こっちの気もしらないで。
彼女は言った。「わたしだって、失ったのよ」
え、そうか。
それはもっともだ。
わたしは妙に納得して目を開いた。
からだがぐっしょりと濡れていた。
もう夏なのだ。
泣きたいような、わらいたいような気持ちがした。
*
立原道造は1914年に東京で生まれ、39年に亡くなる。
創作期間はわずか10年。建築の仕事に携わりながら病と闘い、その隙間で閃光のような作品を遺した。
──かなしみは「気を付け」をしてゐる少年だつた 銀貨色をしてゐた それはハアトの型であつた
かなしみはポケットのある上衣を着て誰にもまけずに晴れやかな顔をしようとしてゐた
[かなしみは]より
わたしはもう一度本を開いて、その詩を口に出してみる。
急に分かった。
そしてすぐにわからなくなる。
「またね。よなちゃん」
記憶のなかであなたは、どんなときも晴れやかな顔をしていた。
僕はひとりで夜がひろがる
立原道造 全詩+物語
ちくま文庫
