車。
私はタクシーにひとりで乗ったことがない。
一回はあるかもしれない。
でもぜんぜんない。
これからも乗ることはあんまりないと思う。
なのにタクシーに乗ることになったらどうしよう、ということを想像してひとり怯えていたりする。
もちろん免許も持っていない。
思い出したのは車だった。
車は大きく揺れている。
運転しているのは祖父で、むくんだ手があるギアのポケットには何かいろいろ詰められている。
車内にはうっすら砂が積もっている。
祖父は農家で、その時分はまだそれに乗って山のなかにある畑へ行ったり来たりしていた。
でもそれは私が寝て起きるあいだに行われていたので、朝食につく時にはもう畑に行った後で、祖父はランニング姿で座っていた。
祖父の肌は白すぎるくらい白く、大きな茶色いしみが顔や禿げ上がった頭にいくつも浮かんでいた。
祖父との記憶はいつも夏だった。
私が夏休みにしか会いにいかなかったから。
ある夏、私はホームセンターで一輪車を買ってもらった。
その日私は仮病をつかって出かけていく家族を見送り(理由はおぼえていない)、残った私に祖父は「欲しいものはないか」と聞いた。
それで祖父の軽トラに乗って、近くのホームセンターに行ったのだ。
はじめて乗せてもらった軽トラは、いつも乗っている車とぜんぜん違った。
ガタガタ揺れるし、助手席のドアは高く、へんな匂いがした。何より狭かった。
そんなことをおかまいなしに、手回し窓を開けるように言って、私がシートベルトをつけるやいなや、祖父はスピードを上げた。
おまえがねだったんだろう、と帰ってきた姉や母に叱られて、私は泣いたような気がする。
でも嬉しかった。祖父の軽トラに乗って、それも一輪車を手にしたのだ。
祖父はそれについて、何も喋らなかった。
今思えば、祖父は私以上に臆病で、今の私みたいに歳の離れた子どもにどう接していいかわからない、不器用なひとだったのかもしれない。
あれはなんだったんだろうと思うくらい前のことだ。
ただいえるのは、その時はまだ祖父が生きていたということ。
*
