イヤホンが壊れた。仕方がないので歩いていると、夜だなあと思って油断すると夜が隙間から入り込んでくる感じがする。月は出ていなかった。人とぜんぜんすれ違わないのは、今日が日曜日だからだ。
電車の中でイヤホンをしないでいると、自分が裸になった錯覚がすることがある。
世界が新鮮で、なんだか一枚足りない感じがして、頼りなくて恥ずかしい。
本を読んでいると、ある日突然
「今!私が!読むべき本!」
が分かるようになる時期がある。
言い方を変えれば、本が「光っている」ときがある。
『ストーナー』は光っていた。
おそるおそるページをめくると、そんな予感すら忘れてしまった。
忘れていたこと、思い出すこと、忘れられないこと。
どうしようもない日常と、ずっと信じてきた文学のこと。
やめた、と思った。
この小説を読んで思った。
小説を書こうとするのはやめだ。
それを書くことが、小説なのだ。
「東京はみぞれだったって」
はっとして顔を上げた。
電車の中で聞いたその声はうれしそうで、ちょっぴり誇らしそうだった。
私はその声を探そうともしないで、もう一度寝たふりをする。
いい小説はさびしい。
さびしくて悲しい。
悲しくてあたたかい。
