穴の空いた靴で行こう ような恵のコラム 甘夏ためつすがめつ33こめ

草野心平の詩。

 

長新太の絵本。

 

ぶっ倒れた丸太の彫刻。

 

アラーキーの写真。

 

 

パンクだ、と思う。

 

パンクは私が生まれた時にはもうあって、私はだからパンクの残滓のようなものしか知らない。

矢沢あいの『NANA』から赤いタータンチェックと安全ピン、せいぜいチェーンのついたボディピアスとか。

当時小学生とか中学生だった私にとって、あれはすごくパンクだった。

幸子の「わざとだよ?」とかね。

 

ヴィヴィアン・ウエストウッドの財布をはじめてもらったバイト代で買った。

もちろん中古だった。

使いにくさなんてどーでもよかった。

私は16歳になったばかりだった。

 

シド・ヴィシャスはすでに死んでいて『DIY』もブティック『セックス』も知らないまま過去に葬られていた。

ヒッピーやミシマ、サンフランシスコなんかのカウンター・カルチャーはほとんどなーんにも知らなかった。

バロウズも知らなかった。

ポエトリー・リーディングも。

知らなくても生きて行けた。

 

 

ところで私は向こうの部屋に電気がついている、というのが好きだ。

明るい部屋にじっといるのは根気がいる。

だから電気を消すことにした。

ちょっと取り戻した気がする。

確かにここは暗いけど、隣は灯りがついている。

とりあえず大丈夫だ、と思う。

 

 

 

本当は、パンクの方から発生したんじゃないか。

なーんて、レノンとヨーコの歌詞を追いながら思ったりする(10月はジョン・レノンが生まれた月)。

「何が」発生したかは分からないくせに、そんなことをよすがのように考える。

 

パンクの精神、というものがあるとすれば、私はそれをスモークブックスから学んだ。

とにかく、行儀の悪いことをしながらの読書は最高だ。

これだって信じられない姿勢で書いている。

チョコレートだって食べてる。

お酒もチビチビやっている。

体に悪いことなんてとうに知ってる。

でも私には止めることができない。

 

人が死んだと聞いた夜、私は明日のためにひどく眠かった。

休みの日まであと何日だろうと指を折った。

体がここにあることがどうしようもなく悔しくて愛おしくて。

とりあえず私は明日も生きるつもりらしい。

 

人生って、パンクだ。