ある朝、ベッドの中で、虫に変わっていた*
「あれは、まさに文学だった」と店長は言った。
そうなのである。
フランツ・カフカを知っていて、あの気持ちの悪い虫の話を思い出せない人はいない。
わずかな光が言葉を通して洩れてくる
カフカの多くの作品は未完で、その断片的な言葉たちは確かに光を帯びている。
完成されなかったということは、カフカにとってひとつの結びの形であったのかもしれない。
その一瞬の閃光のために時々、私たちはおろかにすべてを賭けてしまう。
人間の体のくっきりとした輪郭が怖ろしい
俳句っていったい、何だろうか。
巻末の対談で、九堂夜想の『世界一読むことに時間のかかる詩だと思っています』という言葉にはっとする。
私はまた分かったつもりになっているらしい。
あなたの日々を深く
本当に生きているあなた
幸せになることがこわい。
とってもよく分かる。
よく分かると思ってしまうのがかなしい。
私たちは臆病だ。それを認めることだって、私は何年もかかってしまった···と言いたいけれど、ほんとうは認められているかもあやしい。
おまえは宿題。生徒はどこにもいない
俳句とはまるで、古傷を突かれているような気持ちになる。
見てほしくない、見られたくないものは、例えば芸術においては美しい。
朝起きるたび気づく私は立体 ような恵
絶望だって、たまには悪くないのである。
ちゃんと絶望できることは、強い。
*『変身』より(中略・句読点 頭木弘樹氏)

