
──そしてまた見てきた、コレクション展「光みつる庭 | 途切れないささやき」
時刻11時半。時間がなくてもう一度見たいものを見るだけ。
1階。堂本右美の『此処彼所』。
学芸員さんに聞くと写真を撮ってOKとのこと。
しばらく見つめ合う。······
これを見てると私は誰もいない南の島?
ヘキ地のかくれ家のような孤島にひとりいる。
ここは家の中で、大きくてすんだ窓の向こうにあるターコイズブルー?
(下にエメラルドとふりがな)
とにかくすごい青色の海を見ている。
聞こえているのは波の音と、温かい風の音。
犬がいるかもしれない。
私の足元で眠る安心しきった犬。
ここは護られた家。
陽がかたむいてきた。
もうすぐ日没らしい。
*
日付は2022/5/10とある。
スモークブックスで働き始めて1年が経ったころ、やっと私にも美術館に行くだけの心の余裕ができた。
めまぐるしい1年だった。
見たことも、考えたこともない本の山が私に話しかけていた。
彼らと同じ熱量でどんな本にも向き合いたかった。
正直私は疲れていたと思う。
未だコロナの終息は見えなかった。
そんな時に彼女の絵に出会った。
びっくりした。
絵の前で足が止まった、という表現は常套句だと思っていた。
知らない絵。なのに確かに私はこの絵を知っている。
動けなくなってさらにびっくりしたのは、私は今ここで泣いてもいいと思っていたことだった。


バスの中で本を読んでいて涙を流す、なんてフィクションだと思っていた。
はじめて聴いた音楽を、生まれる前から知っていた気がしたこと。
100年前の俳句に、こんなにもうたれること。
バカみたいだが、私を待っていたような気さえするのだ。
でもどれも気のせいなんかじゃなかった。
芸術とは本当に、びっくりするほど私をよく知ってる。
実はもう思い出せない。
絵を見た時のあの感動はもう二度と私には訪れない。
でもそれでいいんだと思う。
いつかまた思い出すために忘れる。
私はもう焦ったりはしない。