ふと気づく私は立体 ような恵のコラム 甘夏ためつすがめつ29こめ

 

──そしてまた見てきた、コレクション展「光みつる庭 | 途切れないささやき」

時刻11時半。時間がなくてもう一度見たいものを見るだけ。

1階。堂本右美の『此処彼所』。

学芸員さんに聞くと写真を撮ってOKとのこと。

しばらく見つめ合う。······

 

これを見てると私は誰もいない南の島?

ヘキ地のかくれ家のような孤島にひとりいる。

ここは家の中で、大きくてすんだ窓の向こうにあるターコイズブルー?

(下にエメラルドとふりがな)

とにかくすごい青色の海を見ている。

聞こえているのは波の音と、温かい風の音。

犬がいるかもしれない。

私の足元で眠る安心しきった犬。

ここは護られた家。

陽がかたむいてきた。

もうすぐ日没らしい。

 

*

 

 

 

日付は2022/5/10とある。

スモークブックスで働き始めて1年が経ったころ、やっと私にも美術館に行くだけの心の余裕ができた。

めまぐるしい1年だった。

見たことも、考えたこともない本の山が私に話しかけていた。

彼らと同じ熱量でどんな本にも向き合いたかった。

正直私は疲れていたと思う。

未だコロナの終息は見えなかった。

そんな時に彼女の絵に出会った。

 

びっくりした。

絵の前で足が止まった、という表現は常套句だと思っていた。

知らない絵。なのに確かに私はこの絵を知っている。

動けなくなってさらにびっくりしたのは、私は今ここで泣いてもいいと思っていたことだった。

 

 

バスの中で本を読んでいて涙を流す、なんてフィクションだと思っていた。

はじめて聴いた音楽を、生まれる前から知っていた気がしたこと。

100年前の俳句に、こんなにもうたれること。

バカみたいだが、私を待っていたような気さえするのだ。

 

でもどれも気のせいなんかじゃなかった。

芸術とは本当に、びっくりするほど私をよく知ってる。

 

実はもう思い出せない。

絵を見た時のあの感動はもう二度と私には訪れない。

でもそれでいいんだと思う。

 

いつかまた思い出すために忘れる。

私はもう焦ったりはしない。